野瀬泰申の「青森しあわせ紀行 その11① ブイヤベースな昼と夜(上)」

2月の声とともに「八戸ブイヤベースフェスタ」が始まった。今年で15回目だ。八戸市内の15のレストラン・ホテルと三沢の1店が参加して2月1日にスタートし、3月31日まで続く。
ブイヤベースは南仏マルセイユ生まれの漁師鍋だから、本場では地中海の魚介が入るのだろうが、ここ八戸でスープ皿の主役を勤めるのは、八戸近海で揚がった魚や貝だ。三陸北端に位置する八戸沖の魚は冬に最も脂がのって美味い。だからフェスタはこの時期に開かれる。まずはお昼に1皿いただこう。
予約していた「SAWAUCHI洋麺店」でオーナーシェフの澤内昭宏さんが待っていてくれた。澤内さんは20~30代にかけて何度かイタリアに渡り、計3年ほど料理の経験を積んだ。そんなシェフがこしらえるのはイタリアの鍋料理「カッチユーコ」をベースにしている。
「まずトゲクリガニと焼いた魚のアラでスープをとります。それにカルダモン、クローブ、マスタードシードを加えて白ワインで煮るんです」

皿を埋め尽くす顔ぶれが豪華だ。それぞれに下ごしらえしたマダラ、アナゴ、アサリ、ホッキ貝、ムール貝、ミズダコ、ヤリイカ。八戸ブイヤベースには「八戸港で水揚げされた魚介を4種類以上使う」というルールがあるが、アサリ以外はすべて地物だ。
ホッキガイの標準和名は姥貝(ウバガイ)で、主に東北や北海道で水揚げされる。これは北の貝なので西日本ではほとんど知られていない。東京のスーパーでもまれに見かける程度だ。
ミズダコも同様に、冷たい海を好むから主産地は北海道。温暖な西日本の海にはマダコはいてもミズダコはいない。
それはさておき、ブイヤベースの味はどうなのか。隣でイカスミのパスタやボロネーゼを食べている同行の2人をぼんやりと眺めながら、どんな言葉ならこの複雑にして深淵な味覚を表現できるのだろうと考えていた。結論。日本語に適切な言葉があるとするなら、それは「美味い」だ。かつて私がナビゲーターをしていた食と旅の番組では食レポに際して「美味い」と「おいしい」を封印していたが、いまは解禁する。「美味い、美味い、美味い」
八戸ブイヤベースには「2度おいしくなるような締めの1皿を出す」というもう一つのルールがある。澤内さんが用意してくれたのはスパイシーラスクだった。これをスープに浸して口に運ぶと「やられたー」と心の中で叫んでしまった。
ところでこのフェスタはどんな経緯で始まったのだろう。それを知るために昭和な喫茶店「ピーマン」に向かった。マスターは実に愉快な人なのだが、本題からそれるので少しだけ紹介する。

「ピーマンという店名は?」
「私の頭が空っぽだから。振ると音がするんだよ」
「まさか」
「本当は開店するとき、野菜の名前の喫茶店はないなあ、嫌いな人も多いからかえって覚えてもらえるかなと思ってピーマンにしたの」
そんなことを言いながらマスターがテーブルに小皿を持ってきた。
「恵方巻」
そうか、今日は節分だ。それにしても一見の客にこんなサービスがあろうとは。この店のファンが多い理由がわかる気がする。

そこへフェスタの生みの親にして主催者の「八戸ハマリレーションプロジェクト」を立ち上げた一人、神田国房さんが来てくださった。1時間に及んだ神田さんの話を要約しよう。
毎年3月に「八戸水産加工展示商談会」が開かれていたのだが、2011年は開催できなかった。東日本大震災による津波で会場ごと流されてしまったからだ。津波に向かって船体を走らせ沖合に避難した漁船が多かったので、震災後も魚は流通していた。まずはそんな魚の加工品を売ることを考えた。しかしそれだけでは売る方も買う方も心に残らない。継続して活動でき、八戸の魚介のすばらしさを伝えることができる方法はないか。神田さんたち3人のコアメンバーが中心になって知恵を絞った。
雑談の中で「八戸港には600種類もの魚介が揚がる」「魚種の多さは地中海に似ている」といった話が出た。八戸には震災前から食のイベントが多かったが、和食に傾いていた。あるホテルのシェフも「八戸は洋食の印象が薄い」と言っていた。
そんな折、洋食に詳しい人物が東京からUターンしてきて仲間に加わった。「八戸シーフードカレー」とか「八戸パエリア」の名前が出たが、一番引っかかったのがブイヤベースだった。市内の洋食店を1軒ずつ回り、意見も聞きながらブイヤベースフェスタの構想を固めていった。
ブイヤベースはフランス料理だけれど、市内にはスペイン料理、イタリア料理、ポルトガル料理の店もあるから、それぞれにアレンジして提供してもらったら面白いのではないか。
そして震災の翌年、2012年の2月17日、八戸の冬を彩る伝統芸能「えんぶり」の開催に合わせ、12店舗の参加を得て第1回のフェスタがスタートした。すると聞こえてきたのは市民の「待ってました!」という声だった。高齢者は聞きなれない料理に「どんなもの?」と興味をそそられ、若い人々はまるでラーメンでも食べるかのような行列をつくった。
神田さんの話を聞きながら思った。暗い世相の中で新しいことが始まれば誰だってうれしい。それにブイヤベースは冷え切った冬の体を温めてくれる。店にしても新しいファンの開拓につながるだろう。神田さんはこうも協調した。
「せんべい汁と反対に地元の人が対象です。ブームを作らない。まちおこしをしない。地域の熱量を高めるのが目的です」
そんな言葉を胸に「レスタウランテ&バール サウーヂ」のドアをくぐった。この店は店主の上野貴志さんがポルトガルワインに合う「八戸スタイルの田舎洋食」を提供する。最初に出てきたのはポルトガルのポタージュ「ソパ・デ・レグメシュ」だった。ポルトガル語で「野菜のスープ」という意味だそうだ。10種類の野菜が入っている。またしても味を説明する言葉が浮かばない。ここでも「美味い」とだけ言っておこう。

前菜は季節野菜とミズダコのマリネ。セロリ、紅芯大根、タマネギ、トマトの取り合わせが美しい。続いて魚のタルト仕立てに、この店オリジナルのミートパイが登場して、いよいよメインの番となった。

フェスタ誕生の年から主役にしているポルトガル南部の蒸し鍋料理「カタプラーナ」だ。材料はアサリ、メヌケ、カスペ、ソイ、タラ、タコの頭、アナゴ。アサリ以外はすべて地物だ。「カスペ」は「カスベ」の地方名で、ガンギエイの仲間を指す。その煮付けは農林水産省の「うちの郷土料理」で北海道のそれとして紹介されている。
山形県南部の山間部、米沢市のスーパーで「カスベ」を見たことがある。地元では「からかい」と呼び、まるで骨格標本みたいにからからに乾燥させたものだった。地元の人の話では、これを長い時間水に漬けて骨についた身をふやかし、それから煮て食べるのだそうだ。私は乾燥させない生のカスベを食べるのは初めてだった。
鍋の上のグリーンはパクチー(コリアンダー)なのだが、パクチーというとタイやベトナムなど東南アジアの料理が浮かぶ。店の人は「ポルトガル南部はイスラムの影響が残るのでパクチーなんです」と教えてくれた。ネットでカタプラーナをつくるポルトガルの動画を見たら、やはりパクチーを最後に入れていた。
食べ終わってノートに「パクチーが主張しつつも、魚介から出たうまみが交響しながら口中を埋める」とメモしたが、読み返すと言葉が空転している。複雑にして繊細なこの味には届いていない。
締めはおじや。細かく刻んだタコにアイオリソース、チーズ、タマネギが入っている。生米から炊いたようだ。無言で口に運ぶ。

八戸には何度も来ているし、その都度飲食店にも入っている。しかし和食系ばかりだったせいで、市内にこんなレベルの高い洋食の店があることを知らなかった。
あしたもブイヤベースを食べる予定が入っている。羨ましいですか?
野瀬泰申(のせ・やすのぶ)
<略歴>
1951年、福岡県生まれ。食文化研究家。元日本経済新聞特任編集委員。著書に「天ぷらにソースをかけますか?」(ちくま文庫)、「食品サンプルの誕生」(同)、「文学ご馳走帖」(幻冬舎新書)など。
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