野瀬泰申の「青森しあわせ紀行 その10① シジミと馬肉」

野瀬泰申の「青森しあわせ紀行 その10① シジミと馬肉」

私はシジミが好きだ。生まれ育った福岡県では「貝」というとアサリのことで「貝汁」はアサリの味噌汁の別名だ。そんなわけでシジミはそれほど食べる機会がなかった。しかし島根県の松江の居酒屋で巨大なヤマトシジミの酒蒸しを口にして以来、筋金入りのシジミファンになった。そこで今回は十三湖のシジミをテーマに津軽半島の奥深くを巡ろうと思う。

新青森駅を出て五所川原市の十三湖に直行する。この湖は岩木川など13の河川が流れ込んでいることからその名がついたという。日本海に面する汽水湖で、水深3メートル。
国道339号に入ると、途端に車が少なくなった。対向車が来ない。まれにすれ違っても工事用のトラック程度だ。国道なのに交通量の少なさに少し驚く。サルがのんびりと道を横切って行った。1時間ほどで十三湖中の島ブリッジパークに着いた。

長さ250メートルの「中の島遊歩道橋」を渡って十三湖に浮かぶ中の島に向かう。

橋には木の板が敷き詰められているのだが、盛り上がった2本の板道が線路のように伸びている。すると背後から車のエンジン音が聞こえてきた。振り向くと板道にタイヤをのせて軽自動車がこちらに向かってくる。遊歩道といいながら歩車併用の橋なのだった。

島にはログハウス風のケビンがある。キャンプ場もゴーカート場も帆船の形をしたアスレチック場もある。そのアスレチックの前に広がっているのがシジミ拾い場だ。

毎年4月下旬から9月下旬まで営業していて、監視員から渡される500円の袋に拾ったシジミを詰め込んで持ち帰ることができる。冬季休業に入る12月が目前なので、人の姿はまばらだ。

少し戻って、市浦(しうら)歴史民俗資料館に入った。平成の大合併で五所川原市になる前は市浦村だった名残だ。
ここは中世の港湾都市、十三湊(とさみなと)と、そこを支配した安藤氏に関する発掘史料が展示されている。保存状態がよく時間があればじっくり鑑賞したい展示内容だ。中で最も目を引いたのが「新安沈没船」の模型だった。中国元代末期というから14世紀初頭だろうか、そのころに韓国新安沖で沈没し、後に引き揚げられた外洋船を復元している。日本の船は波に弱い平船だったのに対し、この船は外洋船だから船底にキール(竜骨)を備えて復元力を高めている。こんな船が出入りする十三湊は、大陸や北海道を含む北方との交易で栄えていた。

度重なる発掘調査を通して、港湾都市の全貌がはっきりしてきた。歴史好きにはたまらないスポットだろう。

そうこうするうちに昼時になった。ランチはもちろんシジミ尽くしでいこう。湖畔にたつ「しじみ亭奈良屋」に入った。冬到来を控えたこの時期、席には多少の余裕がある。私は「しじみ三昧」(税込み1760円)を、同行のSさんは「しじみづくし」(同1980円)を注文した。

「三昧」の内容は釜飯、チャウダー、バター炒め、シジミの潮汁。小皿に佃煮、シジミエキス味噌、お豆腐シジミ南蛮漬けのせの珍味三種が少しずつ盛り付けられている。シジミのチャウダーが美味い。クラムチャウダーのクラムは二枚貝のことだから、シジミも立派なチャウダーの食材だ。釜飯はゴボウやキノコが入っていて、これも美味い。あっという間に完食した。珍味の佃煮は町のスーパーに並ぶものとは別物で、味噌も初めての味だった。Sさんの「づくし」は釜飯がミニになり、それにミニサイズのシジミラーメンが付いているが、あとは私と同じもの。Sさんも完食した。店の隣に直営の売店があったので、佃煮と味噌を買った。


それから車を走らせて金木町の「産直メロス」に向かった。

目の前が以前訪れた太宰治の生家「斜陽館」だ。ここは笹餅名人、桑田ミサオさん直伝の笹餅を扱っているが、残念ながら本日は入荷なし。代わりに中の「メロス食堂」で売っている笹餅サンデーを食べてみた。ワッフル生地のカップのあちこちに刻んだ笹餅が盛り付けられている。ただ、周辺のものの味が際立っているので、雰囲気だけというところ。Sさんが注文した「赤~いリンゴソフト」は、リンゴの酸味と甘みが実によく再現されていて二重丸だった。

この食堂のメニューを眺めていて首を傾げた。「馬中華」「馬味噌ラーメン」「激馬かなぎカレー」「馬スジ肉鍋定食」と馬が群れをなしている。

馬なら南部地方ではないのか。なぜ津軽で馬なのか。その答えは壁の張り紙にあった。津軽半島は明治のころからブナの一大産地だった。伐採したブナの木を森林鉄道の駅まで運んだのが馬。そこから金木周辺に馬肉食文化が生まれた。知らなかったなあ。

 

金木には地元のスーパー「中谷」がある。覗いてみると、なるほど冷凍の各種馬肉を売っている。そんなことをチェックして店を出たら、目の前の広場のような所に未知の光景が広がっていた。

赤カブ、白カブ、大根がキロ単位で並んでいる。漬物にするらしい。ならば糠漬け? 味噌漬け? 塩漬け? 酢漬け? どれにせよ、雪国津軽では冬を越すための漬物が欠かせないことがわかる。


何度も書いているけれど、青森に来たら必ず温泉銭湯に入る。本日は市内の金太郎温泉だ。大きな建物、広い湯殿、ゆったりとした休憩所。典型的な青森の温泉と言える。泉質はナトリウム塩化物泉だそうだが、麦茶色をしていて、湯に浸かると塩分のせいか湯温以上に熱く感じる。シャワーとカランからも温泉が流れ出てくる。なんという贅沢。これで入浴料は400円。すっかり温まった。

 

私たちにはこの後、夜のイベントが待っている。そのイベントに参加するため、五所川原駅へと急いだ。

 

 

野瀬泰申(のせ・やすのぶ)
<略歴>
1951年、福岡県生まれ。食文化研究家。元日本経済新聞特任編集委員。著書に「天ぷらにソースをかけますか?」(ちくま文庫)、「食品サンプルの誕生」(同)、「文学ご馳走帖」(幻冬舎新書)など。

 

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