「元祖」メーカー社長に聞く!玉子とうふ秘話【外ヶ浜町・株式会社木戸食品】

青森のソウルフード・玉子とうふ
かつて2009年にもまるごと青森ブログでご紹介している「玉子とうふ」。青森県では言わずとしれたソウルフードで、他県のそれと比べ、甘くて具だくさんなのが特徴です。スーパーの売り場スペースも幅広く確保され、商品もバラエティ豊かに陳列されています。
※2009年の記事はこちら→玉子とうふ | まるごと青森
最近、まるごと青森のSNSで玉子とうふについての投稿をしたところ、多くのコメントが寄せられ、玉子とうふがいかに青森県民から愛されているかを改めて感じました。

この反響を受けて、メーカー各社の商品を比較する中で取材班が気になったのが、木戸食品の玉子とうふの賞味期限の長さです。他メーカーが購入後2~3日程度なのに対し、木戸食品製はケタ違いの2~3か月程度!これはどういうからくりなのでしょうか?

また、パッケージの「元祖」マークも気になります!そこで、外ヶ浜町の株式会社木戸食品 木戸 宏文社長を訪ねました。

木戸食品社長一族の奮闘の歴史
木戸食品の玉子とうふが発売となったのは1970年。木戸社長は当時8歳で、先代社長から伝え聞いた玉子とうふ誕生秘話を教えてくれました。

家業の豆腐屋さんを一生懸命手伝っていた先代社長のヒロシさん、20歳のとき卸先の小売店のお嬢さんを見初め、結婚の申し込みをしたそうです。ところが、その小売店から「豆腐屋なんぞに娘はやれん!!」というひどい言葉をかけられてしまいます。そこから一念発起し、「立派な豆腐屋になってやる。他の豆腐屋が作れないものを作ろう」と決意したのでした。
そこで思いついたのが、豆腐に卵を混ぜるというアイディア。最初はうまくいかず、むしろ不評であったと言います。それでも試行錯誤を続けるヒロシさんに、その母キミエさんがアドバイス。「茶碗蒸しに似せてみたらどうか?」

料理上手なキミエさんの協力もあり、この発想が功を奏し、発売にこぎつけた玉子とうふはその後大変なヒットとなったのだそうです。若き先代社長の奮起がいじらしい、「元祖」の物語です。
長~い賞味期限の秘密
先代社長ヒロシさんのさらなる功績として、1980年頃に、当時の価格で数千万円したというレトルト機器を工場に配備したということがあります。

実はその前にも製品を加熱・凝固させる作業自体は手作業でやっていたそうですが、夏場など従業員が汗だくで商品を熱湯に出し入れする光景に胸をいためていたこともあり、思い切った投資に踏み切ったのだそうです。

この英断のおかげもあってか、玉子とうふは1992年頃に販売のピークを迎えます。さらにレトルト化が他にも販売上有利に働いた点がありました。それは、お土産用品が会社の売り上げの新たな柱となったということです。

お土産品を扱う小売店では、冷蔵や冷凍品は専用のケースを準備する必要があり、常温でも問題ない木戸食品の製品が扱いやすかったため、どんどん販売網を広げていくことができました。確かに、スーパーでよく見かけるのは他社製品ですが、駅などのお土産売り場では、木戸食品の商品がスペースを確保し、よく売れています。もし某テレビ番組であれば、「木戸食品は、レトルト加工でがっちり!」といったところですね!
未来へむけて
玉子とうふがここまで青森県で愛されてきたのには、寒さ厳しく貧しかった雪国において、昔貴重であった卵、砂糖・栗といった栄養食・甘味に対するイメージの高さがあり、家庭で好まれてきたからという背景があるのではないかと社長は分析します。

将来に目を向ければ、6代目社長となるべきお孫さんといつか一緒に会社で働くのが夢!と語ってくれた社長。青森県の風土と密接に結びついた盤石の売れ行きに甘んじることもなく、今後は「りんごのプリン」などの発売も予定しているとのことです。これも間違いなくお土産品売り場で好評を博すことでしょう。
また、会社の大事な財産である20名ほどの従業員のことも大切に考えています。令和6年度から社内「家族化計画」を開始。誰かの誕生日の日には、朝礼で社長自らが祝ってくれるのだそう。まさにレトルト機器の中にいるような(?)暖かさに満ちた社風の中ではぐくまれる素敵な商品たち、これからも楽しみにしています!
by フォレスタ
| 木戸食品株式会社 | |
|---|---|
| 場所 | 外ヶ浜町字下蟹田29-1 |
| TEL | 0174-22-2051 |
| Webサイト | 木戸食品株式会社 |
掲載されている内容は取材当時の情報です。メニュー、料金、営業日など変更になっている可能性がありますので、最新の情報は店舗等に直接お問合せください。