野瀬泰申の「青森しあわせ紀行 その10② 承前 熱燗とストーブ」

野瀬泰申の「青森しあわせ紀行 その10② 承前 熱燗とストーブ」

(前回:野瀬泰申の「青森しあわせ紀行 その10①」シジミと馬肉)

十三湖でシジミを食べ、産直の店やスーパーを覗き、温泉銭湯に浸かりと、夕方まで五所川原市内を駆け足で巡った。休む間もなく夜のイベントに突入する。
そのイベントというのはDMO(観光地域づくり法人)の「Clan PEONY 津軽」が企画し、津軽鉄道が主催する「ゆったり酔いしれる奥津軽 ストーブ列車と日本酒の冬物語」というツアーにモニターとして参加することだった。

ストーブ列車の運行は12月1日からだが、それに先立ってモニター向けに列車を走らせるわけだ。
参加者は午後5時に津軽五所川原駅に集合。

5時半出発なので、その辺をうろついてみた。といっても、隣のJR五所川原駅の待合室に見入っていただけなのだが、その設(しつら)えに微笑みを誘われた。

2024年6月にお披露目された待合室には畳敷きの小上がりがある。そこに置かれたブラウン管式のテレビやちゃぶ台が昭和の郷愁を誘う。旧国鉄時代に五能線を走っていたキハ40・48形の対面式座席やキハ40形の運転台もある。鉄道ファンにはたまらないだろう。

壁に掛けられた伝言板を見詰めるうち、遠い記憶が蘇ってきた。携帯電話がなかった時代に、この伝言板が重宝された。どの駅にも必ずと言ってもいいくらいあったもので、私も利用したことがある。「〇〇さん、先に行きます」「遅刻した人は置いて行きます」「向かいの喫茶店にいます」というような言葉が白いチョークで書かれていて、何となくシチュエーションや人柄が偲ばれたものだ。それにしても、こんなものがよく残っていたなと感心した。


出発の時間になった。ストーブ列車の指定された席に腰を下ろすと、ホームから賑やかなお囃子が聞こえてきた。見ればお祭り装束の男女4人が笛、鉦、太鼓でお見送り。立佞武多のお囃子だった。

この企画には期待できそうだ。列車が走り出す前からそんな気がした。さて出発進行。

客車の窓際に焼いたスルメが入った紙コップが用意されている。以前、ストーブ列車に乗ったときには、車内で買ったスルメをストーブの上で焼いたのだが、客車中がスルメの匂いに包まれて「ああ、これが本物のストーブ列車だ」というウキウキ感が楽しかった。今回は匂いこそないものの、すぐそばのストーブでは石炭が赤く燃え盛っていて暖かい。

見れば車窓の窓枠に大きな水銀寒暖計が掛かっている。左目盛りは摂氏表記、右は華氏表記だ。古いものらしい。垂直な背もたれや網でできた荷物棚は、私の記憶にある本物の昭和だ。

今回、車中でいただくのは板柳町の老舗酒蔵「竹浪酒造店」の「岩木政宗」と「七郎兵衛」だ。この蔵は燗酒に適した酒しか造っておらず、今夜も熱くした酒をいただくことになっている。

杜氏からの説明の後、常温の酒が配られた。スルメを噛めるほど若くはないので、ひたすら酒に専念する。特別純米の酒は癖がなく飲みやすい。途中の金木駅で燗酒が運び込まれ、津軽鉄道の社員が法被姿で参加者についで回る。

同じ銘柄なのに燗にすると馥郁とした香りがさらに広がる。いい酒だ。出発から46分後、終点の津軽中里駅に到着した。参加者はお土産を買ったり、駅の周辺を散策したりしている。

6時40分になって再び乗車した参加者にお弁当が配られた。地元のダイニングバー特製の「奥津軽 旬のめぇもんづくし」弁当で、中泊町名産のメバルを煮付けにしたものや、ソーセージに加工したものなど全9種の料理が詰め込まれている。

それをつまみながら燗酒を飲んでいると、取材で乗り込んでいた若い女性記者が話しかけてきた。「このツアーはいかがですか?」「お酒は美味しいですか?」
詳しく覚えてはいないが、そんなことを聞かれたと思う。
「スルメが硬くて食べられなかった」などとは言わず、特別な体験をさせてもらっていることへの感謝の気持ちを素直に伝えた。

間を置かず、カメラを肩にのせた若いテレビ局の記者がやってきた。同じようなことを尋ねられ、同じような答えを返した。

メディアの皆さんの目には「顔を赤くして実にうまそうに酒をのんでいるおっさん」と映っていたのだろうか。取材に答えているうちに午後7時23分となり、五所川原駅に到着。半分しか食べられなかった弁当に未練を残してホームに降りた。

改札に向かう途中、「野瀬さんですよね」と呼び止められた。地元紙の記者だった。
「どうしてこのツアーに参加したんですか?」
「県の観光政策課のブログに『青森しあわせ紀行』を連載しているものですから」
「その連載なら読んでいます」
「おおー、ありがとうございます」
短い立ち話をして別れた。

このツアーは年内だと12月20日、来年は1月24日、2月14日、3月14日(いずれも土曜日)に開催される。最大人数は32人で、燗酒と弁当のほかオリジナルトートバッグ、津軽金山焼のオリジナルコップ、ツアー限定乗車証明書がついて15000円(税込み)。
企画の成功を願っている。

 


野瀬泰申(のせ・やすのぶ)
<略歴>
1951年、福岡県生まれ。食文化研究家。元日本経済新聞特任編集委員。著書に「天ぷらにソースをかけますか?」(ちくま文庫)、「食品サンプルの誕生」(同)、「文学ご馳走帖」(幻冬舎新書)など。

 

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