名物母さんの話術
ミラノ・コルティナダンペッツォ冬季五輪まであと5か月ほどとなりましたが、先日外ヶ浜町の竜飛岬を通りかかったところ、まるでイタリア人のような声が聞こえてきました。
女性には「イェーイ!良い女!」男性には「お大尽様!どこから来たのっ!」
観光客の姿を認めるやいなや大声で声をかけ、赤いタンバリンを派手に打ち鳴らしながら近づいていく赤い服の陽気な女性。青森県では有名な「たっぴの母さん」こと、水嶋 夏子さん(76歳)です。

「風の町」と称される風の強い外ヶ浜町で、冠婚葬祭などの用事がない限り、例え突風が吹いていようが毎日朝8時から夕方4時まで津軽海峡冬景色歌碑の近くで青空販売に励んでいます。その苦労をみじんも感じさせない、明るい笑顔には尊敬を覚えます。
「これおいしいから!!」商品のホタテの塩焼の試食を、お客様の手に無理やり載せたり。

目をそらして津軽海峡冬景色歌碑の方を見ているフリをしようとするお客様には、「向こうは北海道!良いところでしょう?今日は良い天気で絶好の眺め!あなたはラッキー!」とまるで講談師のような巧みな話術で逃さない。
そのホタテの塩焼をお愛想で1つだけ買おうとしたお客様に、「3つで2千円!お買い得だよ~!」とまとめ買いさせたり。
結果、「お母さんには負けちゃうよ…」と押し売りされても嬉しそうなお客様の姿。

見事な販売手腕。あっぱれの一言です。シャイな県民性で知られる青森県内では、こんな積極的な商売根性を見たことがありません。
青空販売を始めて、今年で22年目の大ベテラン。最初は青函トンネル記念館の前で販売をしていましたが、売れ行きを見ながらその後青森市のアスパム前、三内丸山遺跡前と点々とし、現在の津軽海峡冬景色歌碑前に落ち着きました。

その継続性を叶えている健康の秘訣を聞いたところ、返ってきた答えは「仕事が楽しくてしょうがない。おかげで生活にハリも出るの!お客様と話して笑うことが何よりの健康の秘訣!一番好きなのは大阪から来る人!」あくまでパワフルです。
意外な過去
生まれながらに社交性が高い方のように思いきや、「昔はそうではなかった」と漏らします。生まれは旧・浪岡町(現在は青森市浪岡地区)で、24歳のときにお見合い結婚で約80kmも離れた外ヶ浜町に嫁いできました。当時は内気で人見知りのために周囲になじめず、辛かったと言います。

さらに苦い経験も。龍飛崎灯台の近くのお土産店で接客の仕事を始めたところ、先輩から「水嶋さん、あなた何やってるの?!」と叱責される事件がありました。「知らない人が苦手で、お客様がご用があって近づいてきたとき、思わず後ろに下がって避けてしまい、それを見とがめられた。恥ずかしかった」と振り返ります。

離婚して故郷に帰ることすら頭をよぎったという水嶋さん。「帰ってきても良い」という優しい家族に「恥をかかすまい」という一心で、その後も水嶋さんは外ヶ浜に留まり、少しずつ変わっていきます。目の前のお客様一人一人とのやりとりをとにかく大事にすることを心掛けました。すると徐々に接客が楽しくなり、自分を出せるようになっていったと言います。

30歳からの20年間は、青函トンネルの工事会社の縁でその本社のある名古屋市に事務職の仕事を得、家族で移り住みました。現在の真っ赤でゴージャスないでたちは、名古屋時代に現地の文化の影響を多少受けたのかもしれません。その後50歳で外ヶ浜町にUターンし、数年後青空販売を開始することとなりました。

母さんこそが「良い女」!
今やたっぴの母さんは、多い日は1人のお客様から10万円もの売り上げを得ることもあるのだとか。取材中も見る見るうちにお客様が吸い寄せられていきお土産品を買っていく光景を見ていると、まさに「魔性の女」という言葉が頭をよぎります。その無敵っぷりにはまぶしさすら感じますが、実際県内外に多数のファンがいるようです。その中の一人、五所川原市在住のAさん(男性)にお話を伺いました。

コロナ禍が明けた頃くらいから、3年ほど常連客をしているAさんは、たっぴの母さんの明るい呼び込みに対し、最初は冷やかしで近寄っていきました。最初は、現代ではもはやアウトではと感じるほどの昭和感ある押し売りにびっくりしつつも、ブラックジョークの掛け合いができる気安さがクセになり、定期的に通うようになったそうです。時には立ったまま1時間もたっぴの母さんと話し込むというAさんは、それが人生の勉強になるのだと言います。

若い頃に嫁ぎ先の環境になじめず苦労したたっぴの母さんが口を酸っぱくして言うのは、「人間、苦労しなければ味が出ない。試練があってこそ魅力が生まれる。」ということです。そして、接客の根幹となっている座右の銘は、「こちらが情を送れば、必ず帰ってくる」。現に、Aさんもこの地を訪れる心が折れかけた若者などがたっぴの母さんから励ましを受け、心の支えとなり足繁く通っているという例をいくつも聞いたことがあるそうです。
確かに、普段人様から褒められることが絶えてない取材班に対しても「あんたはスゴイ!たいしたもんだ!とんでもなく優秀だよ!」と全力でほめちぎっていただき、かなりパワーをいただいたため、すっかり心を奪われてしまいました。心が折れかけた若者が心酔する気持ちが理解できます。

Aさんが語るところでは、なんとも開けっぴろげで格好つけることがない人柄は、殺伐とした現代になくてはならない存在と推します。また、ちょっとスマした都会風のお客様には、見ている側がひやっとするほどの塩対応をしたりと、客商売なのに人を選ぶところも見ていて面白いとのこと。そして、いくつになっても乙女のようにキュートな側面もあるのだと、愛があふれるコメントをいただきました。

取材からまだ半月しかたっていませんが、また会いたくてしかたない、確かにクセになる「たっぴの母さん」。過去の苦労をたくましく乗り越えたからこそ笑顔が輝く彼女こそが、まさに「良い女」だと思います。ぜひ、母さんに会いに外ヶ浜町へ行ってみてください。パワーを与えてもらい、また頑張れる。そしてまた帰りたくなる場所。そこは、あなたの心の基地となるに違いありません。
byフォレスタ
